魔術師の天と地を指すポーズはなんなのか?
タロットの歴史から指差しの解釈を追いかける。
みなさんこんにちは。TAZNです。
タロットの「魔術師」のカードには、特徴的なポーズが描かれています。片手を天に向けて高く掲げ、もう一方の手は大地を指し示す姿勢です。この「天と地を指す」構図は、現代のタロットで魔術師の図像として定着しています。
今回は、このポーズが歴史の中でどのように解釈され、どのような思想が込められていったのか、過去の文献を参照しながら辿ってみたいと思います。
魔術師の天と地を指すポーズはなんなのか?
はじまりは大道芸人の仕草
マルセイユ版などの古いタロットカードでは、このカードは「魔術師」ではなく「奇術師(Le Bateleur)」、つまり大道芸人や手品師として描かれています。
カードに描かれているのは、カップやサイコロなどの小道具と、それらを操る人物です。この奇術師の手の動きは、観客の注意を惹きつけたり、手品のタネを隠したりするための仕草を描いたものと考えられます。
この時点では天と地をハッキリ指している・・・とまでは言えませんが、一応左手が上、右手が下になっていますね。
この大道芸人の動作に神秘的な意味を見出したのが19世紀のオカルティストたちでした。
エリファス・レヴィ、「アレフ」への見立て
19世紀半ば、フランスの魔術師エリファス・レヴィは、この奇術師の姿勢について次のように述べています。
手品師の胴体と腕はℵ(アレフ)の文字を形づくり、頭のまわりには生命と普遍的精神の象徴である∞の形をした輪光をつけ、剣と、盃と、万能符を前に置いて、天に向かって奇跡の杖をかざしている。
『高等魔術の教理と祭儀 祭儀篇』1855年
「ℵ(アレフ)」とはヘブライ語のアルファベットの最初の一文字です。レヴィは片手を上げ片手を下げる身体のラインが、ℵの字を形作っていると解釈。カバラ数秘術(ゲマトリア)においてアレフは数字の1に対応し、レヴィはこの「ℵ=1」を「存在、精神、人間、あるいは神」を象徴する万物の根源と位置づけました。
絵とアレフを重ねてみると……
ℵの右上のチョンが棒とそれを持つ左手、右下のチョンが下ろした右手、斜め線が少し傾いた胴体と顔に見えますね!
日本人から見ると、象形文字である漢字と、その原型となった事物を照らし合わせる見方にも近いように感じられます。
アレフの構成要素
ちなみにアレフという文字は、別のヘブライ文字の組み合わせから構成されています。右上のチョンは「י(ヨド)」です。左下のものも同じくヨドで、斜め線は「ו(ヴァウ)」の文字。アレフは二つのヨドと一つのヴァウから成り立っているのです。
このアレフを構成する3文字は、ユダヤの伝統的なカバラやハシディズムにおいて以下の意味を持つと言われています。
右上のヨド(י):神の領域(神)
左下のヨド(י):地上の世界(地上に生きる人間)
斜めのヴァウ(ו):それらをつなぐ(かつ分かつ)大気や境界、信仰やトーラー(律法)
アレフという一文字の中に、神と地上、そしてそれらをつなぐものが含まれているのですね。
また、これら3文字のゲマトリアでの合計は26となり、神を表す四文字のテトラグラマトン(יהוה)の合計値と一致することも知られています。
「アレフ(ℵ)=魔術師」の照応関係は、後の黄金の夜明け団のシステムでは変更され、「アレフ(ℵ)=愚者」「ベト(ב)=魔術師」とされました。しかし、このアレフの構造と「神と地上、それらをつなぐもの」という意味は、これ以降の魔術師のポーズ解釈に影響を与え続けていきます。
ポール・クリスチャン「人間の意志は神の意志を反映しなければならない」
ポール・クリスチャンは著書『魔術の歴史』の中で、次のように記しています。
魔術師の右手は、支配を象徴する金の笏を握り、科学、知恵、力への憧れを示すかのように天へと掲げられています。左手は人差し指を大地に向けており、これは完全な人間の使命が物質世界を統治することにあることを示しています。この二つの身振りは、善を生み出し悪を防ぐために、人間の意志がこの世において神の意志を反映しなければならないことをさらに表しています。
『魔術の歴史』1870年
さっきのマルセイユ版での「左手が上、右手が下」のポーズとは左右が入れ替わっていますね。でも天と地を指す描写は同じです。
天へ掲げられた右手:科学、知恵、力への憧れ
大地を指さす左手:物質世界の統治
天からの神聖な力を受け取り、それを物質世界(大地)へと降ろして統治する。この二つの身振りは、「人間の意志は神の意志を反映しなければならない」ことを表すとされます。
ここでの魔術師は、天と地の仲介者という役割です。さきほどのアレフの文字が、神と地上をつなげる構造を持っていたことと似ていますね。
パピュス「神聖と悪魔の統合」
パピュスはこのように述べました。
図の左右には、ジャグラーの両手が描かれており、片方は大地に向かって曲げられ、もう片方は天に向かって掲げられています。この手の位置は、大いなる全一の能動的・受動的という二つの原理を表しており……(中略)……人は片手で天の神を求め、もう片方の手は下へと伸ばして悪魔を呼び寄せ、こうして人間性の中に神聖と悪魔的を統合するのです。
『ボヘミアンのタロット』1889年
天と地に手を伸ばすポーズはこのように解釈されています。
能動性と受動性
天の神の助けを求める/下から悪魔を呼び寄せる(そして人間性の中で統合する)
下へと伸ばす手は、ここでは地上というよりさらにその下、地獄から悪魔を呼び寄せる行為です。天の神と地獄の悪魔の統合として人間がいる、ということを示しています。対極にあるものを併せ持つものが人間だ、と言えるのかもしれませんね。
ウェイト=スミス版「恩寵、徳、光の降下」
こうした19世紀フランスのオカルティズムの流れを受け継ぎ、現代の標準的な図像を決定づけたのがアーサー・エドワード・ウェイトです。
ウェイト=スミス版では、魔術師は右手の杖を天に向け、左手で大地を指しています。左右の手はマルセイユ版とは反対、ポール・クリスチャンが書いたのと同じです。
ウェイトは著書で、このポーズの意図を以下のように解説しました。
魔術師の右手には天に向かって掲げられた杖があり、左手は地を指しています。この二重の印は、確立された秘儀の極めて高い位階において知られているものであり、上なるものから引き出され、下なるものへと導かれる恩寵、徳、そして光の降下を示しています。したがって、全体を通して示唆されているのは、霊の力と賜物の受容と伝達なのです。
上なるものから引き出され、下へと導かれるものがある。それは天の恩恵、徳、光の降下であり、魔術師はそれらの賜物を受容しつつも伝達する、導管のような役割とされています(ちなみに「受容」と訳した言葉は原文では「possession」、「憑依」とも訳せる単語です。天の恩寵を自分の体に憑依させて地上に伝達する、とも取れます)。
下をさす指は、上から下への矢印、霊の力を導く方向指示とも考えられますね。
カッツ&グッドウィン「上なるもののごとく、下なるもののごとし」
現代のタロット研究者であるマーカス・カッツとタリ・グッドウィンは、ウェイト=スミス版を解説した著書でこう書いています。
このカードが基本的に意味しているのは、上なるものと下なるものの結合である。すなわち、ヘルメス思想の格言「上なるもののごとく、下なるもののごとし」の図解となっている。
この格言は、ヘルメス思想の重要文献「エメラルド・タブレット」に記されているもの。天上で起きることは地上でも同様に起き、地上の事象は天上の原理を反映するという、大宇宙と小宇宙は対応関係にあるという思想です。占星術や魔術、錬金術など、様々なオカルト知識の前提となる概念です。
ここでは、天と地の対応関係をつなぐ原理として魔術師のポーズが描かれている、と解釈されました。
まとめ
魔術師のポーズの解釈、このようにまとめられそうです。
天と地上をつなぐ仲介者
天のもの(意志や恩寵)を地上に下ろす(統治や伝達)
神聖と悪魔の統合としての人間性
「上なるもののごとく、下なるもののごとし」の図解
最初は奇術師の身振りであったものが、レヴィによるヘブライ文字「アレフ」への見立てをきっかけに「天と地の仲介者のポーズ」となっていく。そんな流れが感じられました。
おまけ:天上天下唯我独尊!
天と地を指すポーズは、お釈迦様の誕生時の姿でもあります。お釈迦様の誕生日には、お寺で「灌仏会(花まつり)」、このポーズの仏像(誕生仏)に甘茶をかけてお祝いする行事がありますね。
お釈迦様は誕生してすぐに七歩歩き、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と宣言したと伝えられます。
「天上天下唯我独尊」は字義どおりには「天の上にも天の下にも、ただ我のみが尊い」という意味です。この「我」を釈迦個人の宣言と読む解釈と、「この世に生まれたすべての命はそれぞれにかけがえなく尊い」という普遍的な宣言と読む解釈があります。
タロットの魔術師が「天と地の仲介者」であるのに対し、誕生仏は「天地に向かって自らの存在を宣する者」です。込められた思想は異なりますが、それでも天と地を同時に指し示すことで何か根源的なことを表現しようとしている、興味深い一致も感じられますね。
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